二井寺農園・農家民宿ちんちゃん亭
愛知県豊田市押井町寺ノ入4
TEL: 090-1280-0033
Mail: tinchanteigmail.com

実家のような「居心地の良い」民宿をめざしています。

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「郷土愛」を育むための最低条件は、”暮らしの場所”が「自分の居場所」になること&今年の抱負

けーすけです。
お陰様で、農家民宿ちんちゃん亭を初めてからこの1月で2年と5ヶ月が経ちます。
ほんとに家族や周りの人たちやお客さんたちに支えられたやってこれたなってしみじみ思う。
ほんとにほんとにありがとうござます!!

昨日は、けーちんのお父さんとお母さんも交えて鈴木一族で食事会でした。(上の娘は仕事で不在)
昨年の一族の食事会は母方のじーばーも一緒だったけど、じぃちゃんは春に亡くなって、ばーちゃんはグループホームで暮らしているため今回は不在。
時間の流れを感じますわ。

昨年は、農家民宿ちんちゃん亭のある押井町でも世話になった近所のばあさんが二人も亡くなり、電動カートで行き交うばあさんたちに声をかけることもできなくなっちゃった。
そのばあさんたちは、けーちんが押井に嫁に来たことや、僕らがちんちゃん亭を始めたことをとても喜んでくれていたんですよ。
けーちんに"ゆべし"の作り方や、こんにゃくの作り方を教えてくれたり、自分のところにきた嫁のように可愛がってくれていた。

そんなばあさんたちも、この押井をこよなく愛していたんですよね。
嫁としてこの地に来て、押井の人たちの温かさに触れながら、時を重ねるごとにこの地に対する愛着が増していったであろうことが、時々してくれた昔の思い出話から伺えたものだ。

そう考えると、いわゆる「郷土愛」って感情は、決して子どもの頃にだけ育まれる特別なものではないことがわかる。
ここ数年、さまざまな人の話を聞くうちに、「郷土愛」を育むための最低条件は、”暮らしの場所”が「自分の居場所」になること、だと確信するようになった。
暮らしの場所において、家族や地域の人と人との温かい"つながり"があり、安らぎと自分の存在意義を感じることで、暮らしの場所が、確かな「自分の居場所」になってゆく。
その居場所の中で時を重ね、様々な思い出を積み重ねることで、つながっていた”人”や”場所”までも、自分のアイデンティティの一部として埋め込まれてゆく。
この時、暮らしの場所はもはや自分を形づくる一部になっているため、”他とは比べることのできない無条件の愛着”を感じるようになる。
ひとは、暮らしの場所に対する、”他とは比べることのできない無条件の愛着”のことを「郷土愛」と呼び、このようにアイデンティティの一部となった暮らしの場所のことを、「ふるさと」と呼ぶ。

例えば「ふるさと」をよそのやつにバカにされて怒れちゃうのは、言わば自分のことをバカにされているように感じちゃうからなんですよね。

もう一つの例は、「若い頃、自分のことが嫌いだったから旭を出たけど、大人になり自分のことを受け入れられるようになったら旭に帰って来てもいいと思えるようになった」という友人。
彼女の場合は、大人になり自己受容できたことで、アイデンティティの一部であった子どもの頃の人間関係や過ごした場所についても受け入れることができた、と言えるのではないかと思う。

ってことで、つまり、子どもたちや移住者の旭に対する「郷土愛」を育んだり、「ふるさと」と感じてもらうためには、家庭でも地域でも、この人と人の温かいつながりにもとづく「居場所づくり」を最も大切にしてやっていくべきことなんだと改めて思っているわけです。
ちんちゃん亭でも、あさひ若者会でも、消防団でも、それぞれの人のそれぞれの居場所にすることができるような活動ができたらいいなぁ。

3年前の旭地区の敷島自治区定住促進部の調査では、自治区の中で、81件の空き家・空き地と57件の10年以内に空き家になる可能性の高い物件があることがわかった。
この3年間で、もっと数が増えてしまっていることは暮らしていればわかってしまう。
お陰様で旭地区では、空き家情報バンクが始まった平成22年から平成29年11月末までに55世帯130名の新たな旭の仲間が移住してきてくれたけど、残念ながら、減っていく方が断然早い。。。
毎年だいたい40人から50人づつ旭地区ではお年寄りが亡くなっていく。
僕のアイデンティティの一部だったような思い出を共有したじいさんばあさんもどんどん亡くなっていく。
僕の一部が少しずつなくなっていくようなもんですよ。
これねぇ、ほんとやるせないっすわ。
地域の残された人たちは皆同じ気持ちなんじゃないかと思う。
田舎の変化と時間の流れもむちゃくちゃ早い。
ほんと焦るわぁ。。。

そんなこんなで、あさひ若者会や定住促進部長やその他いろいろと、旭のためにやりたいことがどんどん湧いてきて困るっす。
「時代の流れだからしょうがない」「なるようにしかならない」って諦めて立ち止まることが一番いやなんだなぁ。
むしろ、そういうマインドが対策を遅らせたと思ってる。
僕の中学生の頃から旭の過疎化のことなんて現在進行中の超常識だったのに、かく言う僕も「時代の流れだからしょうがない」って思っていた。
具体的な地域の将来像を全く想像できていなかった。
だから同じ過ちは犯したくない。
脱サラして、「ふるさと」のために生きることを選んだ自分の人生をまるで正当化しようとするがごとく、突っ走ってるなーって自分でも思うけどね(笑)。
明日死んだとしても、守るべきものにちゃんと向き合って後悔しないように、育ててもらった「ふるさと」のためにお前なりによくやったなって自分を認めてあげられるように。
ということで、確信犯的なキャパオーバーで周りに迷惑かけながらも、今年も突っ走ろうと思いますんで、どうぞみなさまよろしゅう。

けーちん、今年もあいかわらず金にならんことばっかりやって苦労かけると思うけど、一緒に旭を盛り上げていこうねー!

2018/1/5